超低い確率

高額宝くじの当たる確率は1千万分の1だそうだ。これは小数点以下6個のゼロが並ぶ数字。東京から小田原までの線路にくじ券を並べるとその中に1枚の当たりくじがある勘定だという。

 

ところがこんなのはかわいいもので、もっとすごい究極の低確率がある。それは、知的生物、つまり人間が宇宙に生存可能な環境が出現する確率。

 

たとえば重力などに代表されるいくつかの基本的な物理定数が現在値の10億分の1でも狂っていたり、太陽系内の地球の位置がちょっとでも狂っていたり、地軸の傾きが現状でなかったり、太陽の大きさが違っていたり等々々・・・・。

 

そんな環境では現在の形の宇宙や地球(つまり、知的生命体が住める環境)にならなかったというのが最近の宇宙論の成果である。その確率はなんと10のマイナス200乗以上。つまり小数点以下に並ぶ0が200個以上ならぶ!

 

これがどれだけすごい数字かというと、たとえば宇宙の果ての100億光年までの距離をメートルに換算してみる。→10の26乗メートル。つまり10×10を(たった)26回繰り返しただけで宇宙の果てに到達できる。(まあこれも大変だが)、これに較べて200回以上の10倍、これはまさに気が遠くなる数字だ。

 

人間が存在するということは、このように空前絶後の稀な偶然の産物である。これを神の設計図と考えるのは自然な発想だ。実際、米国のさるキリスト教会はこの事実をもって神の創造の動かぬ証拠と位置づけた。

 

驚くことにそれに似た思想は物理学の世界にも出現した。これを「人間原理」という。はて、物理学の世界に神を登場させるのは究極の禁じ手のはずと思っていたら、人間原理は思いもよらぬ意外な方向に進展した。簡単にいうと「パラレルワールド」、つまり多重宇宙論である。どういうことかというと、多種多様な宇宙が無数(たとえば10の200乗個)に生まれ、存在しているという宇宙論。これは単なるお話ではなく、数式で展開された理論である。驚くことに、専門家のうちではこれが最新主流の常識的な考え方になっているとのこと。確かにこれは物理の世界から神様に退場願ううまい理屈に見える。

 

つまり全体の数(10の200乗個)だけ宇宙があればそのなかに我々のような環境の宇宙があるのは、理の当然だからである。言い換えれば、1千万枚の宝くじを買えば一枚当たるのと同じ理屈。