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東久留米市の歌

図書館で面白い本を見つけた。全国都道府県市町村の歌の歌詞とその成立経過を記したもので、それによるとなんとわが町東久留米市にも市歌の存在することが分かった。どこで歌われているのか歌われていないのかとんと聞いたことがないので、メロディは分からないが歌詞は以下の通りである。

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歌詞を見て、何じゃこりゃと思う。花が咲いて澄んだ空気←ありきたりのどこにでも当てはまる内容の言葉でおかしいなと思っていたら、作成過程を読んで氷解。

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つまり、依頼された作詞家は東久留米市内があまりにも何の変哲もない町で、歌詞にする材料がなかったので、プロの技術で無理やりそれらしい言葉を並べたに過ぎないと書いてある。

実は、これの作成年代は昭和46年(1971年)の市制移行の年。今でこそ名水、湧水、清流の町と自慢しているが、40年前を振り返れば黒目川、落合川などは見る影もないどぶ川にすぎなかった。もちろん、駅西口の富士見テラスなどあろうはずがない。ということは、なるほど、どこを歩き回っても、これぞ東久留米という材料を見つけるのは困難だったかも、と納得せざるを得ない。

当時に比して環境は一変した。いまなら東久留米特有の歌の作成は簡単ではなかろうか。ぜひ作り変えの文化的プロジェクトを提案したい。近隣の町で市歌をもっている町は小平、新座、朝霞くらいで、以外と少ない。その意味でも希少価値がある。

ところで、東京都の歌というのもある。

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作成は終戦直後の昭和21年。戦前の皇国一路の勇ましい路線から一転、平和、政治、文化、自由、理想などとわけも分からず進歩的な文言を並べ立てる軽薄さがなんともいじらしい。

尚、各都道府県の歌というのはほぼ全ての都道府県にある。それは何故かというと、戦後すぐGHQの命令があったからだそうだ。地方分権を目指すGHQの戦後処理の一環で、地方に歌を作らせて住民の地元愛を植えつけようとしたもの。この歌もそうだ。さすれば、民主的な歌詞はGHQの検閲を通すためでもあったのだろう。しかし、この歌詞では地元愛(東京愛)の生まれようがない。まだ東京音頭のほうがずーっとましだ。

ほの暗き門灯ひとつ雪明り