読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

独り言

1.猫

目の付くところに3枚の猫写真のカレンダーがかけてある。これはその2枚目。何故かというと、飼うのは手がかかるから写真で我慢している。

f:id:recoca1940:20160204093251j:plain

2.風邪

昨夜から風をひいた。初期症状は耳が痛くなること。左耳の数秒おきの間歇痛がある。かわった症状だがこれは子供の頃からの癖。

実はこの半年、殆ど毎日腕と上半身の乾布摩擦をしている。年頭の決意(早寝早起き)が達成率ゼロであることを考えるとこれは画期的成果だ。

だからお父さんは風邪をひかないのだ、と娘に昨日自慢したばかり。

密かにやっていることを人に話すとマイナスの反動が来る、ことは長老の豊富な経験でよく分かっていたが、こうも素早く法則が実現するとは驚きだ。

3.医者

新聞に次のような投書があった。

f:id:recoca1940:20160204094344j:plain

要するに、医者の技術ばかりに興味を示して、哲学文学など一般教養に関心がない学友に幻滅している。医者に向いているだろうか、という内容。

たしかに日本では、投書のような医者は少数派。しかし本当は一般教養豊富なコミュニケーション能力に長けた医者こそ患者が求めている医者の姿だ。実際大部分の日本の医者は、正面から患者の顔を見ない。パソコンデータから目を放さないから、横顔ははっきり見える。だから路で面とむかっても、はて誰だっけとなるが、ちょっと行き過ぎて横顔をみると、ああ、あの先生だったのか、となる。

知人からこんな話を聞いた。実話である。

その旦那さんはがんの末期であるが、歩いて通院できている。しかし食べ物は流動食主体になってきた。それを見た病院の主治医は、夫妻に向かってただ一言、「そろそろ、死ぬ準備をしてください。」

確かに、実態の把握技術は優秀で、診断は正確だろう。しかし、それを患者に伝える技術はゼロだ。これだったら、人間でなくロボット医者で十分である。

米国やカナダの医学部では人間的能力の開発を医学と同じくらい重視する。知的能力だけの学生は最初から医学部にお呼びでない。日本でも最近少しはましになったかと思っていたが、実際は雲泥の差がある。