読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

俳句考(2)

俳句と音楽

大分前に読んだ本ですが、とても感銘を受けた部分があります。5・7・5のリズムはあたかも音楽のリズムを刻むのに似ているのはすぐに気がつきますが、音色についても音楽に相似形であるとの指摘で、これを読んでいっぺんに俳句に興味をもつに至りました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「一億人の俳句入門」長谷川櫂 講談社

・言葉の音色

俳句の奏でる音楽でリズムの次に大事なのは、母音と子音の織り成す音色。

「行く春を近江の人と惜しみける 芭蕉

この句を母音と子音に分解して分かることは、oとuの母音が多いこと。この繰り返しに現れるふたつの母音がここでは湖の波のような調べを奏でる。

「番傘の軽さ明るさ薔薇の雨 中村汀女

「かるさ・あ・かるさ」という音が軽妙なリズムを刻んでいるが、そればかりではない。k,s,bというどれも乾いた子音、弾むようなn,mの子音、軽快なrの子音、さらにはaの母音が波のように現れるのが分かるであろう。

子音のk,s,bは7回、n,mは4回、rは3回、a母音は11回。これらの子音と母音が織り合わさって、番傘を叩くような大粒の雨のようなからっとした明るい曲を奏でている。

音色の音楽はなぜ生まれるのだろうか。日本語、とりわけ大和言葉はその意味にふさわしい音色を持っている。「はる」と言う音色は春のように柔らかだし、「ばら」と言う音色は薔薇のように豪華。・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日常的には漢語を使う場合でも、俳句では大和言葉に言い換えるべし、というのは添削でよく目にするが、上の文で意味がよく分かった思いがした。

このことを知ったのは1年前だが、最初から音色を考えて作っているわけではない。プロの人もそうだと思う。結果的に何となく内容とリズム、音色が合致するということで、これは何年も何回も無数に句を作り続けないと実現しない奥義のように思う。

・節分や鬼の居ぬ間の豆ひろひ

(リズムも音色も内容も、いまいち・・かな?)

追記

この音色の記事を読んで、プロの人の言葉使いと自分のような素人の言葉使いには明らかな相違があるに違いないと思った。

俳句始めて1年も経たないころだったが自分の句のストックは2百句以上あったので、図書館でプロの俳人の句集を借りてきて比べてみた。見た目には巧拙の明らかな違いがあるのは一目瞭然なので、それが何に由来するか知りたかった。

仮設として「長谷川説」にのっとって、音楽的にまずい音色の言葉を羅列しているのが素人の句であるとすると、母音、子音の頻度分布を調べてみれば、名句と駄句で違いが現れるのではないかと思って、1ヶ月やってみたがほとんど違いがなかった。ということは、普通の日本語の句であれば、統計的には差がないということが分かった。しかし、一句一句個別に見るとその違いは歴然とある。

俳句をそんな風に分解する人みたことない、と女房に異星人でも見るように奇異の目で眺め続けられた一月だった。