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俳句考(3)

取り合わせの「付きすぎ」、「離れすぎ」について。

「一億人の季語入門」長谷川櫂 角川学芸ブックす

に目からうろこの説明があったので紹介します。

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降る雪や/明治は遠くなりにけり。 中村草田男

A/B、AとBの取り合わせの句。降りしきる雪と明治は遠くなってしまったという作者の感慨を取り合わせています。このような場合、二つの素材の距離を十分とってください。似たもの同士では取り合わせになりません。これを付きすぎといいます。

例えば、春愁や明治は遠くなりにけり。春愁も明治は遠くなりにけりもどちらも感慨ですから距離が近すぎ=付きすぎです。かといって、「げじげじや明治は遠くなりにけり」では「離れすぎ」です。素材が離れすぎると間が拡散してしまう。

もうひとつは、ふたつの素材のどちらかがどちらかの理屈や説明や場面設定にならないこと。

たとえば「建国日明治は遠くなりにけり」ここでは建国日が明治は遠くなりにけりの場面設定に使われている。

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省略について。

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俳句はとにかく17文字しかないから、エッセンスだけ残してあとは全て省略する。なにが省略できるかを検討することが推敲の大事な点と思われます。

俳句雑誌に省略特集がのっており、主語。動詞、場所、感情、時間、理屈を句の中で省略できないか検討しなさいという趣旨のないようであった。これらを省いて残ったものは⇒名詞と形容詞。

・凧舞うや無窮の空を独り占め

・木枯らしや梢の先の大宇宙

志月さんの句を借りて

・白無垢の雪愛しさに黙しけり

ひとひらの雪愛しさに黙しけり

追記

リリシズムの句ですが、

降りしきる雪ぞ×××のリリシズム

×××のところになにか画家の名前とか適当なのがあれば使えるのではないかと思います。