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ペットの死(磯部先生の本から)

前回書かなかったが、非常に大事なことが記されている。
ペットの死について。人の死を体験するシミュレーションだというのである。
これは、子供、青少年にとって特に重要に思える。
少し長いが転載させていただく。
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悲しみに向き合う
人は悲しみに向き合うときが必ずある。悲しみをどう処理するか。それは悲しみに向き合うしかない。

愛するものを失う。親であったり配偶者であったり子供であったら、その悲しみは大変である。愛犬の死は悲しみを乗り越えるにはよい材料である。悲しみとどう向き合うか、愛犬の死について考えてみよう。
 
小学生のころに犬を飼い始めると、大学生になったころ、老いてゆく犬の姿を見て愛するものを失う経験をする。愛犬の死がなければ悲しみを経験できない。

 

動物を飼うと死ぬからいやだという人がいる。いや、いやそれは違うと思う。死ぬからいいのだ。悲しみを経験するからである。悲しみを経験することでいたわりの心が育つ。・・中略・・

悲しみは、楽しいことを考えて忘れようとしてはいけない。悲しい、悲しいと泣いた方が良い。私も愛犬ムクとエリが死んだときは毎晩泣いていた。

悲しい時は「悲しい」と声を出した方が良い。悲しみから逃げない。悲しみを受け止める。それが生きる力になるはずだ。愛犬が死ぬ。悲しみを教えてくれるために死ぬ。死んだ生命を大切にしてほしい。
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25年前磯部病院に入院させていた猫が死んだとき、夜中にもかかわらず遺体を届けてくれた真意がやっとわかった。当時はただ親切な獣医がいるものだと思っただけ。恥ずかしながら、50歳にしていまだ人間ができていなかった。


●俳句
俳句の国際化は今や多数の国に及んでいる。特に詩の国フランス。百年前からだそうである。フランスでは俳人のことを「ハイキスト」というらしい。5000人いるという。

 

俳句はダダイズムシュールレアリズムなど多くの詩人にえいきょうをあたえ、ポール・エリュアール、やリルケなども句作を試みたといわれている。

驚くことにピカソも非常に俳句に魅了されていたそうだ。作曲家のストラビンスキーも和歌、俳句を歌詞とした歌曲を作っている。(引き算の美学・黛まどか
・雪よりも白き花弁や水仙
雪が一見季重なりだが、単なる比喩で主体は明らかに水仙なので、季重なりとは言わないのではないかと思うのだが分からない。