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俳句(7)

●蕪村と一茶

ユーキャン俳句入門講座 俳句読本から。

私たちの知っている江戸の3大俳人といえば、芭蕉、蕪村、一茶です。

蕪村は芭蕉没後22年目の1716年の生まれ、一茶は蕪村が40台のころ1763年の生まれです。3人とも全く異なる個性ですから、現代の俳句愛好家による好みもバラけるかも知れません。

芭蕉については一番よく色んなところに書かれているので誰にもポピュラーであると思われます。ご存知のように作風はわび、さび、輕みの作家ですが、蕪村、一茶は全く異なります。

蕪村

蕪村は一言で言えば絵画的。映像が目に浮かぶような作風です。江戸の時代の蕪村の評価はあまり高くなっかたのですが、明治になって例の正岡子規によって非常に激賞され一躍ポピュラーになったという経緯があります。子規は俳諧から発句を独立させて俳句としました。そして、俳句はどうあるべきかの指針を指し示しました。それが写生句です。

つまり、頭で考えた観念的な句、理屈っぽい句、逆に単なる報告的な内容の句を厳しく戒め、自然を写し取る「写生句」を推奨しました。その思想のベースになったのが蕪村の作風であると思われます。後に詩人の荻原朔太郎も蕪村を礼賛する書物を書いています。

・菜の花や月は東に日は西に

・不二ひとつうづみ残してわかばかな

・牡丹散て打かさなりぬ二三片

・朝がほや一輪深き淵のいろ

月天心貧しき町を通りけり

また絵画的であると同時に浪漫的でもある。

・ゆく春やおもたき枇杷の抱心

さみだれや大河を前に家二軒

子規は花鳥風月だけでなく蕪村の人間を詠むのにも長けた俳人と評価しています。

・青梅に眉あつめたり美人かな

・身に入むや亡妻の櫛を閨に踏

荻原朔太郎が激賞した句

・愁ひつヽ岡にのぼれば花いばら

一茶

俗語を使いこなした一茶

蕪村も一茶も世に認められない厳しい現実と孤独にさいなまれた人生でしたが、蕪村が厳しい現実をそのまま詠むことはしなかったのに対し、一茶は自分の周りで見たり聞いたりした体験を基にした大胆な表現の句を作りました。

・これがまあつひの栖か雪五尺

・雪とけてくりくりしたる月夜かな

一茶は、子供や動物など、弱いものやちいさいものにも絶えず目を注いだ俳人でしたが、それは俗語のような、ありふれた日常を新鮮な目で見直し使いこなすということでもあった、とテキストでは書かれています。

一茶の日常は晩年、死に至るまで悲惨そのものであったといわれています。最後は不自由な土蔵暮らしの中で65歳で死を迎えるのですが、それを感じさせない言葉使いの句で芯の強さが存分に感じられます。

・我と来て遊べや親のない雀

・痩蛙まけるな一茶これにあり

・蟻の道雲の峰よりつづきけん

・大蛍ゆらりゆらり通りけり

●講座第2回目の課題提出

提出の時期ですが、苦手な課題が含まれているのでまだどうしようか迷っています。前回同様3句提出ですが、今回は①上5に「や」②下5に「かな」③下5に「けり」の句という条件付。②、③についてはこれまでほとんど作ったことがなかったので、急遽この数日考え込んでいます。読者諸氏のブログから今回もヒントをもらって次のような候補句を作ってみました。

博士の菜の花から

・菜の花やぬっと顔出す親子連れ

スフレさんの詩から

・初音までお国訛りの稽古かな

「黙しけり」という語が俳句で適当なのか気になっているので、プロの評価を伺ってみようと思いました。(志月さんの雪の句から)

・花吹雪句帳を閉じて黙しけり

テキストに従い、当季「春」に見合う季語を使っています。

●花クイズ

後ろを向いた白っぽい花もありますが、これも如何でしょうか。またもボケ画像で申し訳ありません。

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