不思議なネット記事

●お早うございます。台風の進路予報通りでしたね。大したものだ。今日と明日は台風一過36度と34度だそうです。台風一過気持ちの良い晴天というのは温暖化前の懐かしい風物詩となってしまったようです。

●不思議な話というのは、ケネディ大統領暗殺に関する話。といっても陰謀説とかそういうのではなくて、「生まれ変わり」の話。ケネディ大統領が死亡直後にドイツの少年に生まれ変わったのか?というお話。

4年前にケネディ大統領暗殺陰謀についてのネットにおける記事をいろいろ調べていて偶然引っかかった記事です。あんまり奇妙でしかも嘘くさくないので当時はてなブログに書いたことがあります。しかし4年前はまだRECOCAの読者がほとんどいなくてスターもゼロでした。昨日これも偶然に4年前に書いたこの孤独な記事を目にしたので、リベンジの意味で再度ここに書きます。今回も孤独だったらどうしよう、また4年後に書きます。白状すると、RECOCAはこういう本当とうその境界領域でしかもどっちかというと本当くさい不思議な話の大ファンなのです。作り話の怪談にはあまり興味ありません。

それはこういう内容の記事です。

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ケネディはドイツに転生?

これは1971年7月5日米国紙ミッドナイトに大きく報じられた記事である。それは次のような内容。

「生前のケネディ大統領についての驚くべき知識を持つ少年について。ドイツミューニッヒに住むノバート・ミューラー夫妻の息子ヨハン(当時7歳)は、知ってるはずもないケネディ大統領に関する非常に詳しい話を突然始めて、両親や超心理学者を仰天させた。ホワイトハウスケネディオフィスの詳細、20名の友人、政敵の似顔、詳細な米国史。ヨハン少年は小学校に入学したばかりで米国に関する教育などゼロだし、一般の知識レベルも他の少年並みだったにもかかわらず・・。さらにヨハン少年は「ぼくにはジャッキーと呼ばれた妻があった。」とも言った。そしてジャッキー夫人(ケネディ大統領の妻)を非常に恋しがった。多くの雑誌の中から同夫人の写真を見つけると長時間見つめていた。ケネディ夫人はのちにギリシャの富豪オナシスと再婚するが、その新聞報道を見たヨハン少年は怒り狂うように悲しんだこともあった。さらには、ロバート・ケネディが暗殺された時にも、「ボビーが死んだ」と言ってあふれる涙を抑えらななかった。ボビーというのはロバート・ケネディの愛称。ヨハン少年の⇒上部の後頭部に生まれつきの傷(あざや傷。バースマークという)があり、これはほぼ実際の銃弾個所に一致していた。

両親の話。

以上の外にもいろいろ一致する事が起き、はじめは単なる偶然の一致と思ったが、あまりにも毎日偶然の一致が起こるので何かあるのでは、と専門家に相談した。

超心理学者バナーイ教授の話

誰もヨハンの前でこんな話をしたことがないし、今やっと小学校の教科書を学び始めたばかりなのに。ただ一つの筋の通った結論は、この少年がケネディの生まれ変わりだということである。

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以上ですが、ひとつRECOCAの重大な疑問はケネディ死亡とヨハン少年生誕の時系列関係です。記事によるとこれが僅か10秒足らずであると書いてあること。誤差があるにしてもあまりにも短い。これは私の文献知識とは整合しないし、誤差を考えるとヨハン少年の誕生のほうが先だったということもありうる。いずれにしろその辺になると詳細は不明なので、この件は面白いエピソードのひとつに留めるしかありません。それにしては面白すぎる。「生まれ変わり」以外の論理的解釈があれば知りたいところです。元の記事は以下をお読みください。

 

 ケネディ大統領はドイツに転生していたのか!?

UFO Contactee No.139 より

1963年11月22日、テキサス州ダラスで遊説旅行中、銃撃されて悲劇的な最後をとげたジョン・F・ケネディ一大統領が実はドイツで少年として転生していた(生まれ変わっていた)という驚くべきニューズが出て全米にショックを与えた。ただしこれは1971年7月5日付米紙『ミッドナイト』に大きく報じられたもので、当時の新聞記事を入手したアダムスキ-の最後の高弟アリス・ボマロイ女史から最近コピーが筆者に送られてきた。以下凄く興味深い内容を紹介しよう。

■ 生前のケネディ一に関する驚くべき知識を持つ少年

▲過去世を思い出すヨハン少年

事の起こりはドイツ・ミューニッヒに住むノーバート・シューラー氏夫妻の息子ヨハン(71年当時7歳)が、知っているはずのないアメリカのケネディ一大統領に関し突然非常に詳しい話をし始めて両親や超心理学者達を仰天させたことから始まる。

ヨハンが過去世を記憶している事柄の中には次のようなものがあるのだ。<多数の群衆に歓呼の声で迎えられている。専用機に乗って飛んでいる。ホワイトハウスのジョン・ケネディーのオフィスの詳細と、約20名の友人や政敵の顔。 詳細なアメリカの歴史等>

またヨハンは次のように言う。<ぼくにはジャッキーと呼ばれた妻があった!>

「ヨハンがこんな事実を知っているとは驚くべきことだ。誰も彼の前でこんな話をしたことはないからだ。彼はいま小学校の教科書を学び始めたばかりなのだ」

こう言うのは少年を徹底的に調査した一流の超心理学者H・N・バナーイー教授である。

「この事件に対する唯一の筋の通った結論としては、この少年が実際にジョン・F・ケネディーの生まれ変わりだということだ」

▲バナーイー教授

■ ケネディ一死亡時に生まれた∃八ン

ヨハン・シューラー少年は1963年11月22日、午後9時48分に生まれた。これは米テキサス州ダラス時間の午後12時48分に相当する。ケネディーが撃たれたのは12時30分であった。

そして彼の死亡は12時59分に発表されている。だが立ち会った医師団は大統領の脳に弾丸が撃ち込まれてからまもなく彼が死亡したと確信している。したがってこれはアダムスキーの言う「転生は平均3秒で行なわれる」という法則にぴたりとあてはまるのである。

バナーイ一教授によると、少年の頭の上部右側にはバースマークがある。バースマークというのは、生まれつき体のどこかに刻まれている、何かを意味するらしい特殊なアザやキズを意味する。アダムスキーにはへソを中心に太陽の放射線に似た大きなバースマークがあったと伝えられている。

この少年のバースマークは撃たれた大統領の傷の位置と大体に同じ場所にあると言うのはバナーイ一教授。彼は語る。

「我々がヨハンについて異常な点に気づいたのは彼が3歳のときだった。病院で生まれてまもない弟を連れて帰ったとき、ヨハンはそれを見て叫びだした。「ジョン、ジョン」とね。我々は笑って制止した。

「それはジョンじゃないよ。エリクだよ」

ジョンというのはケネディーが可愛がった息子の名前であって、ヨハンはそれの再来だと思ったのだろう。だがヨハンはジョンと呼びつづけた。

▲ジャクリーン・ケネディー・オナシス

■ ケネディ一夫人を恋しがる∃八ン

それから数週間後、小さいヨハンは大衆雑誌の一貫を破り取って母親の方に差し出しながら叫んだ。

「ジャッキー!」母親はその頁の写真を見てたまげた。 なんとそこにはケネディーの夫人であったジャクリーン・ケネディーの顔があったのだ。 最初、シューラ一夫妻はこの現象のすべてを偶然の一致にすぎないと考えていた。

「しかし偶然の一致がほとんど毎日のように発生し始めたんです」と夫人が言う。 一例がある。ある日ヨハンは床の上に伏して便箋紙に絵を描き始めた。

「家の絵を描いたらどう?」と母親がうながす。ヨハンは慎重に描き始めたが、それは上部にドームのある細長い低い建物で、米ワシントン市ホワイトハウスだったー。 ある日、たいした理由もないのにヨハンが父親に話し始めた。

リンカーンは奴隷を開放したので、だれかがリンカーンを殺したんだね」これは父親がリンカーンについてたずねたので、少年が彼の部屋へ走り込んで、そう言ったのだ。

5歳になるまでヨハンはまるで何かにとりつかれたようにジャッキー(ジャクリーンの愛称)の写真類を見つけようとして、あらゆる雑誌をあさっていた。そして何度も彼はジャッキーの写真の一つを長時間見つづけるクセがあった。母親の話によると、ヨハンは何度も夜中に突然目覚めて泣きながら「ジャッキー」と呼びかけるという。

▲ノーバート・シューラー夫妻

■ ジャッキーの再婚に怒り狂う∃八ン

ジョン・F・ケネディーの悲劇後5年目にして今度は弟のロバート・ケネディーがロサンジェルスで射殺された。なんという悲運な一家だろう。魔物につきまとわれたようなこの兄弟のカルマは到底ただものではない。

ロバートの暗殺が世界の耳目をゆるがしたとき、ヨハンは溢れる涙を抑えきれなかったとシューラ一夫妻は語る。

どうしたのかと両親から聞かれたヨハンは答えた。「ボビーが死んだ」。 ボビーというのはロバートの愛称である。「私達はロバート・ケネディーと言っていたのに、ヨハンはボビーと言うんです」と母親が言う。

ヨハンが5歳になろうとする頃、ジャッキー・ケネディーはギリシャの大富豪アリストートル・オナシスと結婚して世界を驚かせた。アメリカでは節操のない女として轟々たる非難の声が上がった。これを知ったヨハンは反狂乱になってオナシスの顔写真の掲載された新聞をずたずたに引き裂いたと母親が言う。

ジョン・F・ケネディ

■ ホワイトハウスの正確な記憶

約3年前にシューラ一夫妻はバナーイ一教授に書簡を出して、息子の行状の詳細を知らせた。この種の手紙を多く受け取っている教授は最近になってやっとミューニッヒに来た。

 は3度ほど調査の話し合いをやったが、そのどれも丸一日かかった。あの子供は両親よりも私に対してうんと自由に話してくれたね。彼がそっけなく言うには、こうだ。彼は前世でアメリカ国民の指導者として生きていたというんだ。そこで私は、坊やが前世で働いていたオフィスについて詳しく話してくれと言うと、非常に詳細に説明してくれた。

その後、私がホワイトハウスについて調べてみると、彼の言ったことは寸分違わずに正確であることがわかった。

あるとき彼はリンカーンという名前を出したので、それはアブラハム・リンカーンのことかとたずねたら、坊やはいらいらしながらすぐに答えた。

『違うよ。ぼくが言うのは隣の部屋で仕事をしていたリンカーン夫人のことなんだ』 これも的中していた。リンカンというのはケネディーの秘書であったエブリン・リンカーンのことだったんだ。

また彼は前世で自分の専用飛行機を持っていたと主張するんだ。

彼はあるとき大群衆を前にして立っていた鮮明な記憶を持っていた。またあるインタビューで彼は『キューバは誤りだった』 と言う。これについて説明を求めると、彼は『カストロは挫折するだろう。 戦争は起こらないんだ』 と答えた。

バナーイ一教授が、生前になぜテキサス州へ行ったんだと聞くと、少年はしかめずらをしながら言う。『それは大衆が私を見たがっていたからで、友人達もそこへ私が行くことを望んでいたからだ』

さらに坊やが言うには、彼は大統領として生きていた頃、朝、ベッドに横になっていると2人の子供がやってきて彼に抱きつく「夢」を見るのだという。

『女の子は紙に書いた手紙を私によく見せたものだ。私はいつも、よく書けたねと言ってほめてやったよ。小さい男の子が部屋に入って来るときに私はよく言ったものだ。お父さんに秘密を話してよ、とね。すると子供はベッドに飛び上がり、私の耳元でガヤガヤしゃべって、それから笑いながら飛び降りるんだ』

■ 生前の妻の思い出を語る

その後、バナーイ一教授がケネディー一家を詳細に調査したところ、ケネディ一大統領の最も楽しい生活行事は、早朝に2人の子供、キャロラインとジョンージョンが彼の部屋へやってくることだった。大統領がまだベッドに横になっている頃だ。

ヨハンが言う。

『キャロラインはちょうど文字を書くことを学び始めた頃で、いつも最近の成果を父親に見せていたよ』

またヨハンは前世において彼の妻との親密な交わりの生き生きとした記憶を保っている。

『彼女はたいへんきちんとした女性だった。いつも寝る前に、翌日着る服や手袋さえもベッドの足もとに置いていた。とても美しい女性だった。私がたいへん疲れていたときも、彼女は私のベッドへやってきて、私を抱いてくれた』

7歳の子供が言うことにしては、ちょっと異常ではないか。  

「彼は明らかにあのダラスの日のあらゆる記憶が薄れているようだ」とバナーイ一教授が言う。「彼はどうやら暗殺そのものについては何も記憶はないようだ。かりに記憶があったにしても、話さないようにしているだけだろう」

シューラ一夫妻が語るところによると、過去現在を通じて息子がアメリカの歴史を聞いたことは全くなく、それどころか最近小学校の教科書を学び始めたばかりだという。夫妻は転生 (生まれ変わり) というものを全く信じないけれども、別なことを模索中である。息子のふしぎな現象について何らかの納得のゆく解答を求めてきたのに、まだ全然見つからない。

■ 成長するにつれて薄れる過去世の記憶

一方、シューラ一夫妻は別なことで心配している。というのは、ヨハンが成長するにつれて次第に悲しそうな気分になってゆくからだ。なんとかして正常な生活を送れるように成長してもらいたいと願っているのだ。

だがバナーイ一教授は楽観的である。彼によると次のとおりだ。こうしたケースにおいては大抵の場合、子供は過去世の記憶を失うものだ。これは現在の体験に関心を集中させるようになるからであると。

以上で世にも珍しい実話は終わる。これは1971年代のことで、現在ヨハンが健在であれば33~4歳になっているだろう。そして幼少時に人々を驚嘆させた過去世の記憶はほとんど消滅しているかもしれない。インチキだとか偶然の一致だとか言われて悲壮な人生を過ごすよりも、その方がよいかもしれない。

■ 人間の転生は宇宙的法則

アダムスキーが伝えた宇宙的な情報の中に、人間の転生に関する理論がある。これについては新アダムスキー全集第一巻『第二惑星からの地球訪問者』の中で、別な惑星から来た大母船の異星人がアダムスキーに語った事としてイエスに関する話が出てくるのだ。つまり二千年前にパレスティナで愛の哲学を説いて活躍したイエスは、実は地球社会を救うために金星から来て地球で転生した人物だというのである。

またアダムスキーの夫人であったメリーは、パロマ一山の住居からバスでロサンジェルスへ旅行に出た翌日急逝した。そして数年後、アダムスキーは大母船の中で金星人の少女に転生した亡き妻と劇的な会見をし、一見、13歳ぐらいのその女性から(金星では人間の成長が非常に早いという)転生やその他の宇宙的な法則を教えられる。この件の詳細は新アダムスキー全集第五巻『金星・土星探訪記』 に出ている。

以上については強い批判が出るかもしれないが、筆者は数十年に及ぶ研究によって事実であるとの線を維持している。この広大な宇宙には、地球人にとって未発見の法則がどこに隠されているかわかったものではないのだ。

筆者自身にも過去世の思い出らしきものが幼少時にあった。3~4歳のころだったろうか、ある絵本を見ていたときに、お伽話に出てくるような非常に美しいきらびやかな都市の絵が掲載されているのを見て、私はこのような都市から来た人間なのだという強い確信めいたものがわいたのを覚えている。しかし成長するにつれて、その記憶は無関心の分野に移動していった。

転生のメカニズムは医学の進歩によって解明されると確信している。