知識と理解

単に知ることとそのことが分かるということは違う。つまり次元が異なるということは直感的に理解しているつもりである。言い換えれば知識と理解。このことについて見事に言い当てている明治生まれの文学者幸田文のエッセイが紹介されていた。(折々のことば・4/8)父の幸田露伴の言葉だそうである。

「知識は伸びる手であり、分かるというのは結ぶことだ。」

すなわち、知識は断片であり、それらが結び合って始めて理解が生まれる。これは現代の脳科学で明らかになっている、脳細胞のニューロン神経細胞)同志を結合するシナプスの働きが記憶と理解を深める鍵であるということを文学的表現であらわしたもので、その素晴らしい直感と表現力に感心した。同氏はそのことを次のように表現している。「知識は知識を呼び、それらの先端が伸び、ある時急に引き合って結びつく。」それが分かるということだと。まさに、ニューロンシナプスのことを一言で言い表している。

知識の吸収は一夜漬けの詰込みでも可能だ。しかし、本当の理解はその先にある知識同士の結びつきがあってはじめて生じる。

世の中の動きにしても、現代では様々の媒体から様々な情報がいわば多くの断片的知識として頭に入ってくる。そのままでは右往左往するばかりだ。そうではなくて、情報を自分の頭で考え整理しろとよく言われる。これができるか否かは各人の得た情報、知識を結合する脳内シナプスの働き次第ということである。年とってもシナプスの活性化を保つにはどうすればよいか。以下はネットにある回答例。

・偏りのない食事 ・適度な運動 ・趣味、興味、生きがいをもつ ・人とのコミュニケイション ・高血圧高血糖肥満を避ける ・酒タバコ控える ・ストレスフリーに ・ルーチンワークだけでなく新しいことをする ・質の高い睡眠 ・計画を立てるなど頭を使う。

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