新型コロナ感染症の位置づけ

国は新型コロナ感染症の位置づけをインフルエンザ並みの5類に引き下げることを総理が言明したことで事実上決定した。ただしその時期はあいまいな「春から」としている。春といったって、3月も4月もあるんですけど。北海道は5月だって春でしょ。そんな曖昧な言い方でなく、例えば4月1日からと明言して、それまでに現在コロナ患者入院拒否を貫いている病院に受け入れ準備の余裕を与えるとかしたほうが良いと思いますが。

それよりも驚いたのは、8波の最中で死者も相対的に多いこの時期に5類格下げのアナウンスすることの意味を記者に問われて総理も厚労大臣も的確なな答えができなかったらしいこと。(20日のBsTBS報道1930)記者の質問は、感染者も死者も多い8波の最中に格下げを決定することによって惹起されるかもしれぬ安堵感による感染拡大のリスクをどう考えているのかという趣旨。

この点についてRECOCAは次のように考えている。

位置づけ5類への格下げの狙いは政府のいうようにコロナ前の経済活動に戻すことであることは間違いない。しかし、それ以上に真の狙いはコロナ診療・入院について、全ての病院の門戸を強制的に開放させることにあるべきだと思っている。それしか、この8波真っ最中にアナウンスする意味はないであろう。だから、その時期を明言して病院に準備させるべく尻を叩くべきなのである。しかし、下記の表を見るとそのあたりの心構えが全く足りないように見える。医療機関への強制が見て取れないからである。ただ5類に格下げしますよ、という国の決定だけであのしたたかな医療機関がコロナ患者を診るように心を入れ替えるとはとても思えない。医師会も陰に陽に政治力を駆使して抵抗するであろう。絶対に何らかの強制がないとだめだ。中国とは違うとごねられても国民の健康の為にと突破する政府首相。それはないものねだりなのか。

さて、最近の8波では入院の重症者は多くないのに死者が多いという報道が多く見られるが、本当に多いのだろうか。例えば仮に死者最大といわれる一日500人としてみる。対する感染者数10万人としたときの致死率は⇒0.005、つまり0.5%でこれは昨年秋に計算した0.2%とほぼ同じである。実際の感染者数は全数把握をやめているからもっとずっと多いはずである。ならば致死率はさらに低い計算になる。なのに庶民が恐怖を覚えるのはなぜか。それは医者に診察を拒否され、救急車にも見放されて自宅放置されてる間に容態が悪化して死の恐怖を味わうことである。昨日のBsTBS報道730を見て驚いたのだが、コロナ患者の入院受け入れ基準として今でもパルスオキシメーターの数値が基準値以下であることを絶対条件にしていることである。これは1年前のオミクロン以前の株にはある程度有効でも、肺炎に移行する確率の小さい現在のオミクロン株には適さないと同番組出演の現場の医師は異口同音に語っていた。肺炎にならなくてパルスオキシメーターが正常でも自宅療養中の全身状態の悪化で病院に入れずに亡くなる人が増えているのである。実際に入院できるのは希望者の3割以下に過ぎない。国の専門家集団にはこういう現場の医師の声を聴いて適時柔軟に対応することが求められる。

とにかく国に要望したいことは、強制力を持って病床入院を可能にすること。病床がないからというのは3年間言い続けてきたいいわけであってもはや通用しない。

入院や救急搬送に条件を付すことは国民皆保険制度の破綻を意味する重大事であることを政府も厚労省も真剣に反省すべきである。経済の面では先進国陥落は明確であり、まもなくあの韓国にさえGDPで追い抜かれるとされている現状、国民皆保険や手厚い年金制度はいまや数少ない日本の誇れる制度である。この数年日本は正念場を迎えている。