「介護」の問題⇒評判の本

一級建築士介護福祉士の書いた本。

「施設に入らず自宅を終の住処にする方法」

これは今東久留米市図書館で借り出し50人待ちの人気書籍である。

東京都図書館から回してもらったので早く目にすることができた。読んでみると建築家からの視点が新鮮で非常に読みごたえがある。基本的な要旨は勿論最後の居場所で理想的なのは自宅であるとの主張。「亡き人を思い出す際には、関わった人たちの充実感と身内の幸福度の高さは病院死では得られないものだと確信している。」

なぜかというと、基本的に病院というところは治療優先で最後の最後まで治療の手を緩めることができないからである。本人や家族が無駄と思っても治療をやめて安らかに逝かせてくれない場所だから。そのことは医師の90%が、人の自然に亡くなる過程を一度も見たことがないといわれることでよく納得できるし、病院の現実をよく表しているといえるだろう。一方で、患者側の気持ちはどうだろう。この世での最後の場所として自宅を希望する者は6割近くに上るという統計がある。それに対して現実は、自宅死がわずか13%。病院死が大半の75%を占める状況だ。核家族化が著しくて家で看取るのが困難というのがその大きな理由と言われる。しかし著者は穏やかで尊厳ある死を迎えるには自宅しかないことを自らの経験から確信している。著者の現在は「終の住処コンサルタント」としての活動に重きを置いている。

とはいえ、自宅を最後の場所にするの容易でなくそれなりの覚悟が必要。それには、著書でも述べているように多くの関係者の協力援助と公的サービスがあってそれらがうまく連携することが必須の条件だ。たとえば家族の協力は勿論、知人の手助け、公的サービスの有能なケアマネ、在宅診療医、訪問看護師、それに最も重要なのが訪問介護ヘルパーであるとのこと。特に患者の死期の迫った数日間にとっては訪問ヘルパーの献身的介護が必須という。加えて、本人と家族が自宅死を強く望むことが条件と言われるのは一理あると思う。

上でいうところの公的サービスとはせんじ詰めれば医療と介護である。まず、医療については在宅の方向に向いている。実際、国は社会保障費削減を背景に早期退院を奨励し長期入院にはペナルティを課すことで在宅医療を進めている。そしてもう一方の介護。その柱が訪問介護だが、実はこちらには深刻な問題がある。ある事情で訪問介護事業所の倒産、離職が進みこのままでは必要時に訪問介護が受けられなく恐れがある。理由はただでさえ低額な訪問ヘルパーの報酬がさらに削減されたからである。そのあたりの事情は次の文書に詳しく記されている。

これは私が定期的にボランティアとして定期的に訪問している認知症介護施設の理事長が日本記者クラブで講演された記録である。
以上の2冊を読んで感じるのは厚労行政の矛盾である。医療と介護は車の両輪で同じ方向方向を向かないと脱輪する。医療は懸命に在宅医療を志向しているのに、介護はヘルパーを虐めることで在宅での医療も終末も困難にしようとしている。これはおそらく役所の縦割り行政のなせる業だと思う。このことに政府も厚労省も気付いているかどうかは知らないが、早急に是正しないと介護保険料を払い続けても介護の恩恵に浴するにはは程遠い高齢社会になることだけは確実だと思う。

参考史料