俳句通信講座終了

7ヶ月の長丁場乗り越えました。最終回の講評には少しばかりの営業的お世辞付き。

第6回添削指導結果です。添削はこれで終り。

課題1 中7にけりを使う

提出句

ベランダに顔そろひけり遠花火

「講評」

楽しそうな作品です。「顔そろひけり」はもう少し踏み込んで具体的に表現しましょう。

添削句  遠来の子等揃ひけり遠花火

課題2 切れ字なしに切れている句

提出句 遠くより園児らの声原爆忌

講評

園児の声と原爆忌の取り合わせがいいですね。色々なことを考えます。切れ字がなくても「園児等の声」で切れています。

添削句 どこからか園児等の声原爆忌

課題3

当講座で学んだことを活かし季語、切れ字それぞれ一つ入れて自由に

提出句 夕立や忘れられたる鍬ひとつ

講評

この作品もいいと思います。夕立にあわてた農夫の忘れた鍬がいい味だしています。

添削句 夕立や置き忘すられし鍬ひとつ

総評(総合評価=優)

一句目は楽しい家族の一駒ですが、家族が揃っている光景が見えません。もう少し具体的に詠んでもいいと思います。

2句目は取り合わせが良かったです。このまま平和な世の中が続いて欲しいという気持ちが汲み取れます。

3句目はやはり夕立と忘れられた鍬の取り合わせがいいですね。まだまだ上手くなる方だと思います。頑張ってください。

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講座の支払いはまだ4回分残っているので本当に終了した気分にはまだなっていない。

講座終了記念日の句

・残されし時削るごとかき氷

・ガタゴトと一駅ごとに虫時雨

・旅に聞く一駅ごとの蝉時雨

健康寿命

健康寿命についての新聞記事。(朝日、8月15日)

健康寿命とは何でしょう。支障なく日常を過ごせる期間だそうです。具体的には?

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どれがあやしいかな~。歩くスピードというのは結構重要なファクターだそうです。研究によれば、歩行速度が速いほど長寿の傾向にあるとのことです。表情豊かかどうかは怪しい。歯は虫歯治療だらけですが入れ歯差し歯はゼロ、滑舌については自信あり。相手の目を見て話が出来る、前向きについてはOKだが認知機能が問題。花の認知が一向進歩しない。問題は社会性だろうか。社会的役割や地域コミュニティとのかかわりは殆ど無い。以上は私の状態だが、これを健康寿命を保っているといえるかどうか、この記事を書いた先生の意見を聞いて見たいものだ。

次の図は平均寿命と健康寿命の差です。

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男性の場合の健康寿命の平均は71.19歳。やばい! 喜寿は平均的にはとっくによいよいになっていておかしくない年だった。ブログなんかやってる場合でない。

もう一つ大事なことが書いてありました。健康診断(検診)について。

Q:高齢者にとっての健康とは?

A:生活習慣病などの慢性疾患があっても要介護状態にならず、自由に外出でき、自立した生活が送れる状態。若い世代は、検診で何の異常も見つからないことが目安だが、高齢になると全く以上なしは稀。持病や不調と付き合いながら生活の質を保つのが目標。

私はお陰さまで、「きわめて稀」の部類ですが、かりに数値に異常があっても、高齢者の場合は一病息災とみなして、投薬など即治療に走らないことが健康生活の知恵といえそうです。

●がん治療が進歩するかも

「がん細胞を消す夢の治療法。オバマ前大統領も讃えた革命的研究」・・・朝日新聞GlobeNO.196

米国のガン研究所の日本人主任研究員の業績です。米国では一部のがんについて臨床実験が始まった段階です。2019年には米国では認可が視野に入っているそうです。

健康な細胞に触れずにがん細胞だけを殺す新たな治療法。

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そのままでは無害の化学物質「IR700」を体内に流し込み、がんの部位に近赤外線を照射する。この化学物質は赤外線照射をうけるとがん細胞キラーに変身するのだそうである。この研究員の業績はIR700の発見。日本の研究環境に限界を覚えた末の頭脳流出だから、結局のところオバマさんのいうとおりこれは残念ながら米国の業績ということになる。その結果、日本での実用化も米国の後塵を拝することになるでしょう。10年もすればガンの大部分は完治、がん外科医の大量失業時代がやってくるかもしれません。

 

 

 

 

 

精神のサプリメント

暑いので昼寝の句からスタート

フィヨルドの旅へ誘い(いざない)大昼寝

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昨日は肉体のサプリメント、にんにくのお話でしたが、今日は心のサプリメントについてです。

①耳からのヒーリング・ヒーリングミュージック

ありとあらゆる題材やテーマでこの分野は大繁盛です。波の音、鳥、虫の声、小川のせせらぎ等々はいわゆる音のスペクトル1/fの揺らぎですが、高周波域を利用した脳の活性化とか、純正律調弦された音楽とか正に百花繚乱。

そこにまたまた私の知識の引き出しを豊かにする一頁が加わりました。

「528ヘルツの音」

ためしに528で検索してみてください。一杯出てきます。この周波数の音は心を静め、ひいては病気を癒す効果があるそうです。

いつもオカリナ伴奏を作曲、演奏CDを購入している中北音楽研究所のピアノ演奏家中北氏から乾坤一擲、528ヘルツの音をふんだんに使ったピアノのヒーリング曲を作った、というメールが昨日来ました。実はこのメールで、世の中528ヘルツで盛り上がっていることを知った次第です。

ためしにこのCDを買ってみる予定ですが、好奇心旺盛な読者も話の種に如何でしょうか。詳しい説明は「もっと見る」をクリックすると出てきます。ほかの音楽で無料ダウンロードできるサイトもあるようです。

https://www.youtube.com/watch?v=gS-shlhio9s&feature=youtu.be

②目からのヒーリング・・詩・・

はてなの住民だったら、スフレさんのサイトに行けばふんだんに癒し効果が得られますが、私は20年前から愛読している詩集があります。わたしはこういうものを読んで感動に打ちのめされることはめったに無いのですが、このときは違いましたね。誰にでも分かる平易な言葉、簡単なレトリックで人に感動を与える詩歌はそうめったにないと思います。確かに詩の完成度という点ではいまいちかと思いますが、そんなことは問題外の外と思いました。

「静かなる夜明け」竹内てるよ詩文集 月曜社

アマゾンで一冊だけ現在在庫あり。

私の好きな2点を紹介します。

時が過ぎ去っていく悲哀をしみじみと感じます。

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ひとりの時

くれなずむ窓の下にすわって

じっと いつまでも ひとりでいる

その静かなる時が 私は好きだ

一日の仕事も かきものも終わって

新しい花など 花さしにさせば

花のむらさきから 静かに夜が来る

じっとすわってひとりのときほど

最も大ぜいの人間であるときはない

私は他人の不幸を自分の身内に感じ

ひとしく自分の幸せを他人の上にうつし

その血を同族のために流す

それほど高められたわけではないが

決して孤独ではない

 

くれなずむ窓の下に一人すわって

もし それが雨上がりでもあれば

霧は ほのぼのと 北から暮れる

宿望を胸にくりかえすまでもなく

乏しい生活の借銭の申しわけも思わず

無心に 風に揺れる白萩の枝を見つめる

こんなときほど 幸せのときはない

世界は私の中にひろがり

生き 且つ働きつつある人々と私

他人の屈辱に耳まで赤らめ

自らの安静を人のためにわかつ

そのときほど謙遜で大ぜいのときはない

 

人のために死ぬと大言はしないが

水のように心は静かに深みまさり

一人のとき そして最も大ぜいのとき

世界の切望は ひそかに胸に鳴って

ああ 私は こんな時が一番好きだ

たとえ その放言を千人が笑っても

ただひとり その涙をしればよい

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秋来る

空につばさの白いわたりどりが

ひっそりとわたってゆくころになった

日にまし 冷たい風に

犬たでの花が咲いてゆれる

 

亡き祖母の形見の花筒を出して

ひとりしずかに桔梗の花をいけていると

暗い部屋の中に濃いむらさきの花は

歴史が残した数々の女性のように深い

 

ああ今年またしずかに秋が来る

私はなに一つしてはいないけれども

心だけは 清くこの一年を生きた

 

空が美しく晴れた日がつづく

とおい地平線のうろこ雲

すすきの銀 かやのみどり

 

黒髪を解き ひとりたそがれの部屋にいると

月は東方の森に明るい

その深くうるわしき光には

永久の物語がある

 

ああ 今年また秋が来る

私は何一つ出来ないけれども

心だけは 乱さず生きようと思う

 

 

にんにく

30年くらいにんにくのサプリメントを摂取しています。それも市販のでなく、名古屋のさる食品会社がお客サービスの一環で無料で配布している製品(自家製)です。他の自社製品が売れるようになるための宣伝目的ですが30年以上も続けられることはすごいことと思います。3ヶ月ごとに年4回定期便で送ってくる。今回その中に同封されていたチラシから。

にんにくについて

にんにくを示す漢字は諸説ありますが、忍辱が有力。これは仏教用語で、屈辱に耐えて修行する、もしくは耐え忍んでこころを動かさないという意味で解釈されます。僧侶がにんにくの臭気を気にも留めずに食したことに由来するといわれています。

忍辱と言う言葉は釈迦の教え、六波羅蜜に出てきます。修行の方法や悟りの境地を得る実践方法のことです。

1.布施(施しをする)

2.持戒(戒律を守る)

3.忍辱(苦に耐え忍ぶ)

4.精進(努力)

5.禅定(静かなこころを保つ)

6.知恵(上記の実践の末出てくる考え)

にんにくはどのように活用していますか。

私は新潟に単身赴任していた頃、単身赴任のベテランから、焼きにんにくに味噌をつける食べ方をお教わりました。

今も時々カレーのとき、炒める油ににんにくの薄片を多数入れて黒こげにして取り出すという使い方をしています。油に味がついてカレーの具が美味になるような気がします。あくまでも気のせいです。

・白夜来て心の底の白さかな

●花クイズ(にんにくチラシの表紙絵)

難問かなと思ったら、わりとありきたりの花みたいです。ヒント。花言葉は美しい娘。

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続・いのち

はてな村に移住してきてはや2年半が過ぎたことに気づいた。今や書きたいテーマも書き尽くした感じなのでどうしようかと10日ほど昼寝しながら逡巡していたら、昨日苺博士に肩をたたかれて目が覚めた。そして、同じテーマでも別の視点があるではないか、と至極平凡な結論に達したので、マイペースを堅持しつつしばらく続けながらどうするか考えることにした。

・凜としてこころ新し雲の峰

●続・いのち

矢作直樹氏という東大の先生が居られる。現役医学部の重鎮にもかかわらず東日本大震災直後から突如、スピリチュアル関係の出版をされて世を驚かせた。内容の正誤を別にして、とにかくこうした傾向はアカデミズムの世界では最も毛嫌いされるので、地位は大丈夫かなと思っていたら、去年無事退官されて名誉教授の称号も得られたようである。日本の社会も一昔前に比べて変わったものと、いい意味で感慨深い。その先生の出版物が図書館にあったので読んでみた。

「いのちが喜ぶ生き方」 青春出版社

いろいろ教えられたこと、いいたいとはありますが、「いのち」を鼓舞する日常のちょっとした視点には共感させられる面が大いにあった。

・良い言葉が良い場をつくる

いわゆる言霊思想。使う言葉を吟味しよう。マイナス、ネガティブな言葉を使わない。

プラスの言葉の一例。ありがとう、おかげさまで、たのしいね、大丈夫だよ、いいね、何とかなる、またね、いただきます、ごちそうさま、さすがですね、ごめんなさい、どちらでもよい・・・

・「生かされている」ことに気づくと人生が変わる。

・全てのご縁は学びにつながる。

・祈りは私たちが思う以上の力がある。

・自分と向き合うことは魂と向き合うこと。

●ガスミュージアムの錦絵の残り

前に紹介しそびれた残りです。新橋、品川駅の背景は海!

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いのち・ほか

今月のカレンダーの猫。不快指数にふさわしいポーズ。

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●台風の動き、気になりますね。各国の予報未だ定まらず、日本中全てに訪問の恐れあり、まるで哲学者の未来予想みたいです。米軍の予報がかなり信頼性高いと思っているのですが、それによると南九州行き、博士のところ直撃みたいですよ、要厳重警戒。

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●今朝の自家農園

バケツ栽培のお米がうまくいってるみたいです。

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小玉西瓜初めての収穫。

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●まだ俳句講座最終課題提出が済んでいない。およそ1ヶ月遅れ。

・遠くより園児らの声原爆忌

・雲の峰喜寿一念のヘボ俳句

●いのち

・亡くなられた日野原先生は講演でよくいのちについて言及されました。いのちとはなんでしょうか。科学で特定するのが難しいと思います。日野原先生は一つのたとえとして、いのちとは各個人に与えられた生きる時間であると定義されました。命を如何に輝かせることが出来るか、イコール与えられた時間を如何に輝かせて生きることが出来るかということになります。

・その一つの回答を、「哲学の教科書」中島義道で見ることにします。

それは「自分自身になること」。自分の信念に基づき一生精進、行動すること、自分にふさわしく生きること、それ以外に最高の自己表現はありません。この本では、まとめとして哲学者モンテーニュの言葉をあげています。

「彼は無為のなかにその一生をすごした、ぼくは今日何もしなかった・・。冗談ではない。君は生きたではないか。それこそ君たちの仕事の根本であるだけでなく、その最も輝かしいものではないか。もし大事業をする好機が与えられたら、僕もこの腕前をみせてやったのに、と君は言うが、もし自分の生活を考え導くことができたのなら、それだけで君は最も偉大な事業を成し遂げたことになる。我々の偉大で光栄ある傑作とは、ふさわしく生きることである。そのほかのことは、統治することも、金持ちになることも、家を建てることも、付帯的二次的なことに過ぎない。」

・長男は20年以上のカルガリーでの生活の末事故死しました。仕事はSEでしたが、自然を愛するその気持ちに真正面から向き合った自己表現豊かな生涯であったと思っています。それを一番理解しているお嫁さんは、彼の地で生きた証として最もふさわしい墓標を残した。

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ここは取っておきの公園墓地です。ベンチのような形ですが墓標。この反対側にゴルフ場が連なり、ロッキー山脈を窺うことができる。

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メモリアルベンチです。10年間カルガリー市の管理下にある。

ベンチの先、はるかカルガリー市のダウンタウンが見える。右側はロッキー山脈。

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バンフの著名な湖。事故現場。

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1986年から3年半カルガリー市で住んだ家。この状態で現存している。築40年にはなっているはずだが、恐らく内部はクリーンで中古として今も市場価値があるはず。日本と違って住宅は中古を売買するのが常識である。

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哲学もどき2

東久留米は木曜から今日まで30度以下の曇りや雨の日が続いています。

涼しいので哲学の入門書(哲学の教科書 中島義道)と思って頑張ってみたのですが、何度読んでもどうしてこれが問題なの?、という箇所ばかりで疲れました。

一番引っかかったのは時間、特に過去。

上記教科書を以下「本」と呼びます。本では、「過去は存在しない。」と述べています。物事は全て現在起こっており、宇宙のどこにも過去という時間をもった事象は発見できないと。

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確かにその通りで、起こったことはすぐ推移して眼前から消えてしまいます。つまり、私たちが見聞していることはまさに「現在」そのものである、とおっしゃる。ここまでは了解できます。問題はこの後の記述。「なぜ、我々は過去の出来事を想起できるのでしょうか。現在において「過去を想起する」とはいかなることでしょうか。」この想起という作用は、大脳生理学が明らかにしている記憶のメカニズムでは説明がつかないとこの本では述べています。私が考えるに、想起にはふたつの記憶の結合が必要であると思います。ひとつはその出来事そのもの、それとその出来事に付随した発生日時に関係するなにものか。この両者の記憶素子の神経回路が電気信号で活性化されて、物事が何時起こったかを想起できるのではないかと理解しています。いわゆる認知症というのは、前者の「出来事」そのものを忘れてしまうことです。しかし、この本では、さらにまだ解明されていない「こころ」の作用がないと不十分で、完全な想起の説明には至っていないと述べています。私には、ここのところがどうしても分からなかった。

未来について。

未来についてはどうでしょうか。本の記述では次のように述べています。

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刻々と時を移さず新しいことが起こる。どこかにシナリオがあるのだろうか、なぜそのことが起こるのかとても不思議なことだ。この見解については完全に同意いたします。この本の中で100%同調できたのはこの箇所だけでした。

手の届くような近未来の出来事は現在の延長で似たり寄ったりである、という暗黙の了解のもとに私たちは日々を送っています。しかしそんな保証はどこにあるのか、と本では述べています。素朴な疑問のようですが哲学の大問題なのだそうです。

問題の捉え方を変えて、ある特定の事象は将来どの程度おこりうるか、と問うてみます。近代科学はこれに対して「確率」という手段を導入しました。分かりやすい例は天気予報です。「あす晴れの確率は99%」。この予報の意味するところは、同じ気圧配置が100回あれば99回は晴れ、ということです。私たちは、この予報を見れば雨具の用意はしないでしょう。しかし、100回のうちの明日の第一回目が1%の雨でない、となぜ確信できるのでしょう、とこの本は主張するわけです。つまり、ゼロか百のパーセントでないかぎり、未来の出来事を確定したことにならないわけです。ということは、確率という近代兵器をもってしても先に述べた「不思議」は解消しないまま残されています。地震の起こる確率も同じです。80%といわれた地区の人が5%の地区に引っ越したとたんに大地震に遭遇したということは現に起こっています。飛行機事故の確率がいくら低いといっても、具体的な明日の飛行の安全を保証しているわけではありません。うちの息子はきわめて生起確率の低い(殆どゼロ)事故で亡くなりました。いくらニアリーゼロの確率でも、起こるときは簡単に起きる。あたかもそのシナリオがあらかじめテープに保存されているかのようにです。

ここから先は私個人の妄想ですが、以前述べたきわめて稀な地球環境の実現、たいしかその実現確率は10のマイナス500乗だったと思うのですが、うえの理屈を当てはめれば、起こるときは簡単に起こる。だから、地球環境実現になにもよく分からない「マルチバース」説など持ち出さなくてもすむのではないかという気がします。10億円の宝くじだって、当たるときは簡単に当たるのだから、低確率に怖気づいて買うのをやめる必要はさらさらないわけです。

しかし、以上の考察は生起シナリオというものが無く、世の中の出来事はすべて全くランダムに起こる、と決め付けているわけではありません。自然の出来事、人間各個人の宿命、運命についてじつは決まったシナリオというものがあるのだ、ということだって十分ありえる。現代の私たちにはそれを知る能力が無い、ということが確実なだけです。

・ラムネ玉ひと口ごとに鈴の音

・一昨日いったボランティア先に咲いていた花、教えてください。

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