「静かなる夜明け」竹内てるよ詩文集 月曜社

ここ数回にわたって紹介している竹内てるよの詩。RECOCAが特に気に入っている数編を抜粋して終わりにします。御自身の若き日の貧窮をとても美しくそして力強く歌い上げた作品として第一級品だと思っています。それではしばし、竹内てるよワールドに浸って下さい。

     姉妹のうた

どうせ 私は売り子にすぎないと

静かに目をふせた 私の小さい妹よ

 

伯父さんの自動車が

入り口のライオンの前にとまって

売り子のお前が「伯父さん」と呼んだとき

伯父さんは他人より冷たく去って行った

「売り子ふぜいに声をかけられては

自分の身分にかかわりから」と手紙でことわってきたとき

六畳一室の家に もう着るものもなくて

七子の紋付でねていたお祖父さんが

「ばかめ」とほがらかに笑った

 

伯父さんたちは貧乏人に知り合いのあることが

名誉にかかわるというのだ

貧しい私たちの働いていることが

迷惑になるというのだ

 

妹よ まっすぐ目をおあげ

私は 正しく働いて生きている

何を恥じることがあろう

 

お前は かよわい身もて病身な姉と力を合わせ

九年足の立たないお祖父さんとすごしている

まずしくとも

私たちの家は楽園だ

 

妹よ

まっすぐ目をおあげ

きょうの 青空の美しさ

私たちは強くならなくてはならない

・・・・・②・・・・・

  泣くんじゃない

泣くんじゃない 敬子

12時間を二人が働きとおしても

五本の指に足りない 私たちの生活

 

母さんに最後の手当てをするため

十七年間のただ一つのものを

すて身になってお前が金にかえたからとて

誰に はずかしめる資格がある

 

その半分は一本のカンフル注射となり

残りは食塩注射となったが

ついに母さんは いけなかった

 

ここへおいで 敬子

姉さんが涙をふいてあげよう

 

働くことの前に

真に忠実である私たち二人

なぜ 貧しさのために母を失い

お前を泣かしたりしなければならないのか

けれども

私たちは 耐えられるだけは耐えてきた

十分にするだけのことはしてきた

 

泣くんじゃない 敬子 

私たちは 私たちの未来を信じ

再び まっすぐに勇気を持とう

二人で 真実なる人生をしっかりと生きよう

・・・・・③・・・・・

     

菊池のあんさんが馬を引いてきた

馬は あつさでうごかなかった

材木をたくさんつんでいたし

道が すっかり石ころであった

 

あんさんはかろく馬をたたいて

なぐさめるように背中をなでた

汗が光って 流れた

馬も そして 人も

 

親方はつかつかと近寄って あんさんをみた

平手が音たててあんさんの横つらにとんだ

 

あんさんはじっと唇をかんで

まっすぐに親方をみた

平手がもうひとつ左の耳を打った

あんさんは目をつぶってよろめいた

馬は かすかに首をふった

あみおさげにしているたてがみが

さらさらと風に鳴った

 

馬は 自分とおなじあつかいの人間を見た

そして、首をふって静かに歩きだした

・・・・・④・・・・・

「麦笛を吹く子」を読んで、まさに自分の人生を言い当てられた気がして、リアリズムてるよ詩人にしてやられたという思いがしています。詩文によると、我々はだれもが子供の夢を現実に変える鞭を持っているといいます。願わくばそんな鞭をふるうことないようにしたいものです。

      麦笛をふく子

丘にすわって

麦笛を吹いている子がいる

緑の中にその白い帽子が

きょうも 太陽の光に明るい

 

子供は あの丘の上で

きっと人生にあてのない

大きいたのしいゆめを

みているのであろう

いつか 昔の日に

私たちがそうであったように

 

人生とは

不幸でさびしい人々が

そのわずかな持てるものを分け合いながら

肩をよせあって守り生きてゆくところだ

 

子供はそんなことを知りはしないが

夢を はっきりと現実にして見せる

悲しい鞭を大人はみんな一本ずつ持っている

 

坊やみてごらん

この鞭をこう上げれば

お前の夢はみんな消えるのだ

 

丘のみどりの草の上に

やわらかいかげろうがもえて

丘をかこむ村に白い花がいくたび咲いても

私たちが二度と幼い日にかえらないように

あの子もやがて大きくなり

ゆめと 現実のへだたりを

泣いて 涙の中に知るのである

 

私たちは どんなに

子供らのゆめにふさわしい

生き方をしようとするか

そして私たちの中の誰かが

それをすることができよう

まれに勇ましき人こそ

 

胸をふるわせて吹く

麦笛の音律

どの子も丘の上でみるたのしい人生の夢

そしてどの子も大きくなり

すべてが夢にすぎなかったと

かっきりと 自分にいい聞かせるのだ

 

丘のみどりの草の上で

きょうも亦 あの子が 麦笛を吹いている

・・・・・・・⑤・・・・・・

最後に、これから母となる全ての人に読んでほしい詩

      

生まれて何も知らぬ 吾子の頬に

母よ 絶望の涙をおとすな

 

その頬は赤く小さく

今はただ一つのはたんきょうにすぎなくとも

いつ人類のための戦いに

燃えて輝かないということがあろう

 

生まれて何も知らぬ 吾子の頬に

母よ 悲しみの涙を落とすな

眠りの中に

静かなるまつげのかげをおとして

いまはただ 白絹のようにやわらかくとも

いつ正義のためのたたかいに

決然とゆがまないということがあろう

 

ただ 自らのよわさといくじなさのために

生まれて何も知らぬ 吾子の頬に

母よ 絶望の涙をおとすな