暮れに次のような句を詠んだ。
友逝くの賀状もありし日暮れかな
あの友も賀状最後と記しけり
詠んだときは、想像に過ぎなかったが、実際に受け取った賀状に接してみて、今年くらいこの句をしみじみと感じたことはなかった。
さて、東久留米駅西口ロータリー脇に新しい3階建てのビルが長い間建設中だった。集合住宅ではないことは分かっていたが、何が入るのかずっと不明で地元のミステリーだったがそれがやっと解消された。まだ全部埋まってないが、その一部は「夜来香」という名の、ちょっと気の効いた中華屋さん。上海、台湾料理と銘打っている。
数日前やっと入り口に値段らしきものが張り出された。ランチは800円以上、ディナーは書いてないが、千円札一枚ということはなかろう。いずれにしろ、ラーメンをちょっと一杯という感じの店ではなさそうだ。
嫌な話だが、東久留米のこれまでのジンクスとして、気の利いた店は遠からずつぶれるという経験則がある(とわたしは感じている)。居残るのは何の変哲もないファミレス。
店はお客が育てるというから、この田舎くさい土地柄がそういうジンクスを定着させているのかもしれない。
この店の名前が読めない世代がもう殆どだろうか。30代、40台の娘夫婦はこの有名な歌も題名も美人の歌い手も知らなかった。世代の相違を実感して何ともいえぬ気分。
折々の富士の姿や冬篭り
初空や茜の空に白き富士
冬暮れの茜の空に黒き富士
*読めましたか?⇒「イエ・ライ・シャン」