名古屋

とにかく暇。出歩く先がない。しかし、部屋に籠ってやることはある。最近半年分ユーチューブアップしたオカリナのCD化。編集すると2枚のCDになる。数日前編集終えオリジナルが完成したので量産体制に入りつつある。時間はたっぷりあるのでCDはいくらでもできる。問題は貰ってくれる先を見つけることが大変である。女房が農園のミカンの送り先探すのに四苦八苦している気持ちが分かった。

それから、室内でやることといえばいつもやっているオカリナの録音だが、そのほかに読書。本当は時間があるので頭を使うものが良いのだが、年取って面倒なので前から読もうと思っていた「名古屋全書」をまず開いてみた。なぜかというとRECOCAは名古屋郊外の生まれで学校卒業まで居たから、偉大なる田舎のその後が気になっているから。

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この本の出版は2006年であるから、バブルに伴う失われた10年の後の名古屋の様子を知る最新の本ということができると思う。

読んでまず素晴らしいと思ったのは、最近の若者からタモリ起源の名古屋劣等感が消えたということ。例えば以前の芸能人のほとんどすべては名古屋出身であることをひた隠しにしていた。タモリ名古屋弁をコバカにする風潮を振りまいたからである。ところが平成生まれの子には全くそんな気配は見られないらしい。タモリ?Who?という感じ。地元の女子大生「名古屋出身っていうと、いいなぁって思われる。おしゃれだから。ナゴヤでよかった。エビフリャー?何でしょう、それ」となる。さらに、ヒップホップ系の名古屋在住のままデビユーしたグループ「いつまでもナゴヤのままでいいのか。そこがいいんですよ。東京のグループには絶対つかない冠だから。名古屋人であることは誇りでこそあれ、ダサいなんて思ったことも、そうみられたことも一度もない。」と自信満々。まさに隔世の感。彼らの言葉を聞くと本当にうれしくなる。

この自信は、バフル後の名古屋経済の堅調が支えになっている。第一に名古屋人およびトヨタに代表される名古屋企業の経営は無借金堅実主義を基盤としている。そのため、バブル期にも関東、関西のように踊らず、結果的にバブル破裂の傷は最小限で収まった。第2に90年代オリンピック招致を行いソウル市に敗れたことが幸いした。オリンピック開催とバブル崩壊時期がドンピシャであり、もしオリンピックが来ていたら名古屋経済破綻で大変な痛手を被っていたはずだった。

この二点が幸いして2000年以降の「偉大なる田舎」脱却が加速することになる。発端は2000年のJR名古屋駅タワーの開業であった。名古屋駅タワーになんと地元百貨店(松坂屋丸栄名鉄等)でなくよそ者である東京の高島屋が入店したのである。高島屋を知らない名古屋人は80%もいるという事前のアンケート結果から失敗が危ぶまれたが、ふたを開けてみると空前絶後の大盛況だった。しかも、地元既存百貨店の売り上げも従来通りの水準。これは名古屋の特に若者の客層がいかに金持ちであるかを示している。金持ちのひとつの理由は若者の多くは親元に同居しているからと思われる。つまり東京なんかの一人暮らしの若者に比べ家賃の分10万円くらいは可処分所得に恵まれているということである。

高島屋を突破口にして、その後多くの「外来企業が」名古屋入りを果たし成功を収めるようになった。確かに、名古屋駅前のビルには全国的あるいは国際的に名の通った店が目立つようになっている。RECOCAも最近の名古屋駅周辺のイメージ変化には気が付いていたが、この本を見てその背景が理解できた次第である。

名古屋の観光地としての人気投票は依然最下位であるが、彼らはそんなことは意に介していないだろう。観光地など車で30分を走れば周辺にあるし、家、土地は広い、物価は安いで住みやすさはNO.1と思っているから。