こういう動画もあるよ。

◎新型コロナの感染者数や死亡者数ですが、年が変わっても政府、マスコミは相変わらず初めからの累計数を発表し続けています。これはどうなんでしょう。インフルエンザなどの患者数、死亡者数は年が変わればご破算にするそうですが、コロナは特別扱いに見えます。なんか意図があるのでしょうか。

◎コロナワクチン、日本では医療関係者の方々は皆率先して打っているような報道ですが、米国ではそうでもないようですよ。次の動画をご覧ください。動画の主催者のかたのご家族は、全てのワクチンを避けておられるようです。参考になる一つの考え方だと思います。

youtu.be

緊急事態宣言は解除されたが反省事項は

 緊急事態宣言解除に際しての菅総理のアナウンスで、病床確保が不十分であったことを認め謝罪したと新聞に出ていましたが、入院待機者のコロナ死者が1月に急激に増えたということなので謝罪は当然でしょうね。

なぜ確保した病床数が増えなかったかは、厚労省の勝手な思い込みと、政策決定がバラバラという例のシステム欠陥のなせるわざだったようです。勝手な思い込みとは、陽性者数がある水準に増えれば強力な自粛要請が発令されてそれ以上の陽性者急増はないはずという、いわばご都合主義で確保すべき病床数を見積もっていたらしいことです。ところが実際には発令がタイミングよく出なくて、さらに陽性者が見積もり以上に増えてしまったということです。つまり、病床確保部門の思惑が政策決定部署と共有されていなかったという政治官僚システムの欠陥が露呈したということです。もうどうしようもないという日本の事例が一つ付け加わっただけのお粗末でした。

具体的にどの県で陽性者が病床数を上回ったかの表が出ていましたが、全県で上回っているわけでなく部分的です。たとえば、北海道、都周辺(都、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川)、中部(岐阜、静岡、愛知)、関西(京都、大阪、兵庫)、西日本(岡山、広島)、九州(福岡、長崎、熊本、宮崎)沖縄。ですから、県内でひっ迫すれば周辺の余裕のある県の病床を融通しあえばもっと楽になったのではないでしょうか。少なくとも死者急増なんてことは避けられたのでは? 都道府県の県境に見えない壁が張り巡らされているかのようです。恰も江戸時代の大名領地のように。県境を越えたコロナ患者は受け入れないという暗黙の了解事項があるのでしょうか。これは隣の大名領地で飢饉の餓死者が増えても他人事として助力しない江戸時代の地方自治と同じですね。

続・「いちばんやさしい三大宗教の本」

お釈迦様の本名はガウタマ・シッダールタ釈尊)で、紀元前5世紀に現在のネパール領ルンビニで生まれた実在の人物というのが定説です。シッダールタのことをお釈迦様というのは釈迦族出身だからです。彼は裕福な王子として何不自由ない暮らし向きでしたが、ある時一般庶民の生活の困窮を目のあたりにして、なんとか人間の生・病・老・死という四大苦から救う法を見つけたいと思うようになります。なお、四苦八苦の四苦はここからきている言葉です。当時インドの宗教は生まれながらの身分の厳しいカースト制を敷くバラモン教ですが、これでは庶民は救われないとバラモン教に反発して修行に入り、ブッダガヤの菩提樹の下での瞑想により悟りを開きました。

その悟りの根幹は「縁起」の原理の発見です。縁起とはいわゆる因果関係のこと。「物事には必ず原因と結果がある。でたらめに起こるのではない。」⇒ひとりでに起きていると思われることも全て何らかの因縁(原因)がある、と考えるのです。これは、方程式があって、原因の数値次第で結果が決まるとするニュートン力学の考えそのものだと思いました。言い換えれば、物事の存在はすべて単独でなく相互依存的だということです。ブッダの縁起の原理を「苦」に当てはめて考えると次のようになります。人生は苦しみの連続。しかしそれは絶対的にあるのではなく、苦しみを引き起こす原因(因縁)が必ずある。その因縁を取り除くために「道」を究める。その結果苦しみから解放される。(=悟りが開ける)では苦しみの原因は何か。ブッダはこれを突き詰め、十二の因縁を生成の順番で示し十二縁起という形で表しました。ブッダの思想は非常に論理的で、悟りへの過程が凡人にも理解できる形で示されています。

縁起の思想は非常に重要なことを示唆しています。それは、物事は同じ状態にとどまることなく常に移り変わるということ。これを「無常」といいます。いいかえれば、物事は時々の現象としてあるだけで実態は何もないのだといえます。この状態を「空」(くう)と呼びます。この空の概念を「からっぽの無」と考えると禅問答みたいで理解不能に陥りますが、そうではなく世の事物は常に変動していて固定して動かないということはないという状態を指す言葉と考えれば腑に落ちるのではないでしょうか。

以上からブッダ原始仏教の根本思想を三つにまとめることができます。①物事はすべて諸行無常。(物事はすべて移り変わり留まるところがない)②諸法無我(我とは実体・本質といったもの。つまり、この世のあらゆるものには実体がなく縁によって互いの関係性の中でのみ成り立っている。)③涅槃寂静(苦や煩悩がなくなった境地)この三つを「三法印」と呼ぶそうです。言葉でまとめると、人生は苦しみであるが、諸行無常諸法無我を受け入れること(つまり悟ること)で涅槃寂静の境地に至ることができる、ということになります。そして、悟りに至る方法が座禅ということでしょうか。

さて、釈迦入滅後その教えはいろいろ追加改変が行われ、現在伝わっている仏教の形となりました。その最も大きな改変は死後生の追加です。これは人間は霊であるとするバラモン教ヒンズー教の前身)の影響だといわれています。典型的なものは輪廻転生です。人は死ぬと霊魂の状態になりその後いろんなものに生まれ変わる。生まれ変わる先を六道といって、その中に例の地獄が含まれます。そして六道から抜けるには解脱しなければならない、とされています。いわゆる救われるということですね。現在のいろんな宗派によって解脱の方法が違うということでしょうか。

さて、ここでRECOCAの独断と偏見ですが、「無常」について。

釈迦の教えは、この世のあらゆるものは同じ状態にとどまることなく常に移り変わるから、それらのものには実体はないのだ、ということです。私はアニメの動画を連想すれば分かりやすいと思いました。この世の変動は動画セルをパラパラめくることによって映画のように動いて見える目の錯覚のようなものではないでしょうか。そして、動画のセルは我々の目に触れないようになっている。ニュートンという科学雑誌で興味深い記事を見つけました。最新物理学の有力仮説に「この世の事物出来事はホログラフ的で実態がない。」というのがあるそうです。ホログラフ(ホログラフィー)的世界というのは、別次元に設計図があり、その三次元的(ホログラフ的)投影がこの世界だという説です。こんなおとぎ話が数式で導かれるというのですから凡人の理解を超えていますが、ホログラフの設計図をアニメ動画の一枚一枚のセルみたいなものと勝手に結び付けて理解しました。

さらに独断と偏見を続けますが、一つ前のブログ記事で書いたように、仏教の大きな特徴はキリスト教イスラム教に比べて教義の解釈の幅の寛容性が非常に大きいということです。これは大乗仏教についてですが、その経典は般若経華厳経無量寿経阿弥陀経観無量寿経法華経など様々なものが編纂され、中国では13もの宗派が生まれました。これらの経典はブッダが直接伝えたという形をとっていますが、実際にはブッダ入滅後数百年後の作なので、創作的要素が強いといわれているそうです。聖書にも創作的事項が全くないとは考えられませんが、異なる解釈の聖書が10も20も存在するということはなく聖書は聖書でひとつしかありません。イスラム教の聖典コーランについても同じです。なぜRECOCAが寛容性に拘るかというと、キリスト教徒、イスラム教はその寛容性の無さ、つまり他者に対する偏狭な態度ゆえに非平和的な過ちを過去に何度も繰り返しているからです。キリスト教の十字軍、異端、魔女に対するおよそ宗教者とは似て非なる残酷な行為。これらを平然と拭って現代の指導者としてえらそうな顔で説教台に立っている。仏教は現代においては葬式仏教と揶揄されていますが、異端排除やおおきな仏教戦争の歴史がないだけなんぼかましだと思います。

最後にRECOCA教を述べて終わります。

全ての宗教は「盲人象をなでる」を座右の銘として自戒すべきである。自分の唱える宗教なんかは、神の創作された世界の理解にはちっぽけな存在に過ぎないとおもうこと。自分と別の宗教は、いわば別の登山道を通って同じ真理の頂上へ向かっているのだという認識をもって存在意義を認め平和裏に尊重すべきこと。これ以外に宗教が地球上で生き残る道はありません。

 

1分から6分先まで

・東久留米の我が家近傍の桜ですが、樹木によってほとんど花をつけてないのから5分咲き以上とバラエティに富んだ咲き方です。

・国会。総務省官僚が国会で答弁させられ、指名されて自席から答弁まで移動中に「記憶にないと答えろ」という声が飛んだといって野党が声紋鑑定迄やってその声の人物を特定するとかの騒ぎになったが、結局掛け声の主は上司の総務大臣であることが分かったというお粗末。これを巷では「お里が知れる」行為という。つまり、過去に何度か「記憶にございません」の類の答弁があってイライラさせられたものだが、やっぱりこれだったのねということがバレバレになったという記念すべき一日であった。

◎さて、実は今回の本題は先に驚くべき情報と述べた「ワクチン不要論」と題する本についてです。ネットで存在を知ってすぐにアマゾンに発注しました。ところが、普通は2日位で到着するのに10日以上かかっているので、もしかしたら発禁処分になったかと心配していましたが本日配達されました。最近TV、マスコミ、SNSはワクチン超有効何の問題もなしのオンパレードです。そして、フェイスブックSNSの最近の傾向は彼らの決めた方針内容に反する投稿についてはあからさまに差別する傾向があります。ワクチンについての各SNSの方針は百%有用論のサポートです。ですから当該書籍はその表題からして一番に目を付けられやすいわけです。ですから今回の私のブログ記事においても表題にワクチンという言葉を入れないようにしました。桜や記憶にない答弁強要の話は「本題」のカムフラージュという位置づけです。実際、この著者のフェイスブックアカウントは最近何度か書き込み停止させられているそうです。トランプ前大統領のtwitterと同じ。RECOCAのブログはもとより超極小PVの超弱小アカウントの存在ですが、一応用心のためカムフラージュしました。

本の表紙

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これからじっくり読んで内容精査のうえ、順次ここで公開したいと思っています。ただし、最初に記しておきますが本書の初版は2018年、つまりコロナ前であり、コロナワクチンについてのコメントはないということです。

それから、著者の経歴ですが東洋医学畑の方です。そういう面も、素人が何を言う、余計なことに口出するなという風な風当たりが強いのではないかと感じました。この本のアマゾンの口コミでも「この本こそ不要だ」「一般読者は絶対に読むな」の類の非常にヒステリックな批評が散見されます。そういう口コミを見たからこそかえって購入意志が高まった気がしました。

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春寸描

合川の春

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高樹木の枝切り

合川脇の農家の庭にある高さ2,30mの高木の剪定風景を初めて見た。高い木に登る現代の方法⇒巨大クレーンの活用です。そして現場に張り付いて作業中の剪定人を観察してきました。まず全景写真、この写真で剪定人はどこに居るか分かりますか。

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ここです。

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◎新型コロナ流行のおかげで日本の年間死者減。

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理由は?インタビユ―の医者は手洗い、うがい、外出活動減少の徹底としていて、新型コロナが来たからとは口が裂けても言わない構えだ。しかし、真実は?ウイルスの流行は椅子取りゲームで、流行一番手以外は活動できないという感染症学の理論があるのを認めたくないということらしい。

◎LINE情報中国と韓国に漏れ

わたしは今ガラ系なので関係ないから対岸の火事。大部分の方は漏れて困るような話はしてないと思いますが、ちょっと気分悪いというかしゃくですね。FacebookTwitterも外国ツールなので国外の管理部署に漏れているでしょう。日本オリジンのツールなら問題ないが、日本人が国内で開発する能力がないというのがまことにもって情けない。いつの間にかそういう国になってしまった。

私事ですが、わたしの3Gガラ系は3年後サービス停止になります。今年4月からスマホ等利用料金が菅首相の肝いりで大幅値下げだと聞いているので、4月をもってRECOCAのスマホデヴィユとするつもりです。

三大宗教

「いちばんやさしい三大宗教の本」を読んでみました。今回はその中から感じたこと、とくに仏教について書いてみます。

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仏教、キリスト教イスラム教をざっと眺めて一番感じたことは仏教が一番寛容で穏やかな宗教だということ。その理由は宗派間のいさかい、他宗教との関係、教理解釈の寛容さに見ることができます。仏教が日本に溶け込んだ大きな理由ではないかと思いました。キリスト教におけるカソリックプロテスタント間の争い、イスラムシーア派スンニ派の戦争に発展しかねない派閥争いに比べ、仏教の各宗派例えば天台宗真言宗、浄土宗、臨済宗等々・・は表向きかもしれませんがそれぞれのテリトリーの中で仲良くやっています。

さて、仏教が釈迦入滅以降彼の説いた原始仏教は各方面に伝わりましたが、釈迦説法の口頭から文書化の過程でいろいろ難しい問題がありました。まずインド国内では原初のバーリー語からサンスクリット語への変換、さらに中国に伝わってからのサンスクリット語から漢文への翻訳です。それで訳者の僧によってかなりの違いが生じましたが、大乗仏教は、教義や経典を自由に解釈することが許されていたので、結果的に多くの宗派(13宗派)が中国で生まれてしまったのです。それらの一部を日本からの留学僧がそれぞれに持ち帰り、自らも独自の解釈を加えて現在の日本におけるいろんな宗派を起こしました。ですから、これらは原始仏教である釈迦教からは殆ど離れた「最澄教」、「空海教」、「法然教」、「親鸞教」、「道元教」等々、これらの各人が教祖であるところの独立した宗教であると感じました。

では、釈迦が説いた原始仏教とはどんな教えだったのでしょうか。最も大きな特徴は、人間の死についてや死後のことについては一切語らなかったということです。霊や死後生の存否など死んでからのことなどだれも分からないのだからそんな無駄なことは考えるなと弟子には教えていました。これは現代の唯物論者には結構受けるのではないでしょうか。そんなことより生きている間にどう解脱、つまり悟って悩みを拭い去るかが中心テーマでした。仏(ブッダ)とは悟った人という意味ですが、生きている間にいかに悟り「仏」になれるかということです。日本では死後に仏になるという考えが一般的ですがこれは釈迦の教えからは完全にずれているといえます。

続きは次回に。

*注:小乗、大乗仏教という仏教語について。

もともとの仏教は僧となって修行することによってのみ悟りに至るというものでした。これだと僧以外の一般人は永久に悟りのブッダになることができません。釈迦入滅後、この点に改定を加え、在家者でも簡単な行為と簡単な戒律を守ることで仏になれるという宗派がいくつか起こりました。前者を小乗仏教、後者を大乗仏教といいます。救いの船に大勢乗れるという意味で大乗といいます。中国経由日本へ伝わった仏教は大乗です。ちなみに、言葉を見ると、小乗の方が劣っている印象ですがそんなことは決してないとのことです。小乗というのは、大乗仏教の人たちが付けた蔑称に過ぎませんので。

辛夷とカモ

◎家の傍の辛夷。今年も見事である。咲くのが早かったので桜も早いかと思ったらその通りになった。

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合川のカモと辛夷辛夷足元にカモが屯していた。花が頭上にあるのが分かるのだろうか

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◎話は替わるが、2020年における自殺者数が11年ぶりで上昇したとのこと。痛ましいことだ。総計2万1081人で前年比4.5%増。男女の内訳は、男1万4055人(0.2%増)、女7026人(15.4%増)。女性の増加が顕著である。19歳以下18%、20代19%と若者の比率が多いのも特徴である。

ところで、新型コロナ死は累計8689人であるから、自殺者はコロナ死の2.4倍。しかも11年ぶり増加の4.5%増し。

コロナは緊急事態で、自殺は緊急事態とまでは言えない、という判断なのだろうか。これは逆だと異議を唱える政治家や役人がいないのだろうか。流石金太郎飴日本国である。