○○歳の手習い(2015年2月の投稿記事から)

私が俳句歴2ヶ月と言ったら、知人が私も60の手習い始めてみようかしら、とつぶやいていた。

今私の座右の句集は、私と同じくらいの年から始めてなくなられた方の5年間の成果であるが、アマとは思えない発想の叙情性に富んだ内容である。能力次第だが、ここまで出来るのだ、という見本が手近にあるということは心強い。

以前紹介したフランスのノーベル医学生理学賞のカレル博士は次のように述べている。

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「人間には巨大な潜在能力が与えられている。しかし、彼は一瞬ごとに選択しなければ成らない。そのたびに、潜在能力の一つを永遠に捨てていく。

開かれた人生の未来の中から他の道を全部捨て、一つの道だけを選び取らざるを得ないのだ。我々の中には数多くの別の可能性を持った人間がいるが、それは一人ずつ死んで行く。

全ての人間は、固体になっていく液体であり、だんだんに値打ちの下がる宝である。進歩するのも、衰退するのも、結局は自分の意思によるものである。」

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つまり、老人は過去の無数の選択の総決算であり、その顔、表情はその鏡であるということである。

だから、老境に至ってもなお内部に眠っている可能性、選択肢を捜し求めかたちにしていくことは、高度なアンチエイジングといえるのではないだろうか。

2021年10月4日の感想

2015年に俳句を選び取り、2018年にはオカリナのユーチューブ投稿を選び取った。2019年には絵手紙も齧った。絵手紙はすぐに面倒なので辞めた。俳句も一時期熱中したが句会に出るのが嫌なので進歩せず遠ざかりつつある。オカリナはそろそろネタが尽きてきた。それに5日前録音機が壊れたので新曲アップができない。これを潮にやめようかとも思ったが、6年前の今日の再掲記事を見て考え直しつつある。一方今の新プロジェクトとして取り上げているのはブログ記事の取捨選択で、いずれ一冊の読みものにすることである。これでしばらくの精神的アンチエイジングになればいいなと思っている。

youtu.be

ところで、壊れた録音機のことであるが、これはソニーのICレコーダーでPCM-M10という当時2013年2万円の廉価版である。しかしながら、このモデルは10万円以上の本格版に引けを取らぬ音楽ライブを手軽に録音するのに音質、操作性共に抜群の優れものである。ところが東久留米のヤマダデンキで聞いたらすでに製造中止。では代替品、上位機種は?驚くことにすべて製造中止。あるのは会議録音用の1万円クラスだけ。いくらへたくその演奏が対象とは言え、この安物録音機の音を公衆にさらすのは憚られる。

これはどういうこと?手軽にレコーダー片手にライブ録音するという我々ものぐさの楽しみを、ユーザーの都合を慮ることなく自社の経営方針だけで勝手に奪うという電機業界の悪体質がまたまた現れたということだ。かつて、電機業界つるんでMD製造中止した時と同じに。恰も中国共産党の如くに。

では私の取るべき手段は。①壊れた録音機を修理に出す。製造中止製品の修理を受け付けるのか疑問。それに修理代金の問題。②アマゾンに同じモデルの中古品が2万円で出ているのでそれを買う。③タスカムという別のメーカー機種に替える。しかし、様子が分からないというリスクがある。④非常な大枚はたいて、部屋を録音室にして立派な録音機、マイク、ミキサーを揃える。これはスペースの問題、乏しい金の問題、何より寿命の問題。大枚はたいた途端実は寿命が尽きたという事態は避けねばならない。⑤録音プロジェクト終了

一番楽なのは⑤なのだが・・選択に困ったときの心得⇒最も困難な選択肢と最もイージーな選択肢を避けよ。これはRECOCAの個人的家訓。