変動・不安の世紀

21世紀の日本はどうなる?と聞かれても良く分からないが、自分の体験と、最近のマスコミ、書籍などから得た情報から一言で言えば、変動・不安の世紀。

 

まず、我々日本人の生活。

これが不安、不安定の極値。原因は単純である。終身雇用の崩壊。私が会社員として就労し退職する間の40年を振り返ってみると、いくら出世街道とは無縁の底辺に張り付いた身分のサラリーマンでも、まじめにやっていればそこそこの老後がご褒美として与えられた。それがいかん(グローバルスタンダードに反する。)といって、簡単に首切り可能になった。こうなると、労働市場が機能してない日本では一億総ホームレス予備軍である。

 

さらに教育の不公平。これが人材の発掘を阻んでいる。いまは貧乏では高等教育が受けられない。私たちの時代はそうではなかった。文字通り、蛍の光、窓の雪でしか学習できない人でも立派に最高の教育が受けられた。つまり、いくら極貧でも、今にみておれ、と希望をもって雌伏の状態に耐えることができた。今はどうだろうか。

 

いいたいのは、グローバルスタンダードを鵜呑みにするのでなく、これに反しても、その結果多少貧乏していても、安心、安定して暮らすのがいいのか、よく考えて国民(とくに40以下の若年層)は選択しなければならない、ということである。

 

次に日本の自然、特に地面の下。

地に足がしっかり付いてこそ安定した生活といえるものだが、今世紀の日本ではどうやらそれは望むべくもないようだ。

TVでの学者の解説によると日本の地面の活動には基本的に100年、1000年周期がある。そして今世紀の100年、1000年はどちらも活動期に入る。どうやらその引き金を引いたのは3.11の東北大地震だったようである。この地震の余震だけでも1000kmの範囲で100年続く。

さらに今後南海、東南海地震の引き金になりうることは、1000年前の貞観地震で実証済みである。

 

火山もてぐすねを引いて待ち構えている。すでに御岳、阿蘇山西表島で火を噴き、他の火山でも、噴火の前兆の地震が起こっている。最も懸念されるのは富士山。300年前の大噴火以来の不気味な沈黙。姿が美しいということは若い火山ということ。人間で言えば20代の血気盛んの時代ということらしいから、黙っていることの方が不自然である。

 

噴火したときの影響は身の毛もよだつほど。東京でも火山灰の蓄積は10cmに及ぶ。全てのライフライン、交通機関の停止は何ヶ月のオーダーにも及ぶだろう。その間関東、中部の住民は生き延びられるのだろうか。

上記の災害は全て、小生のこの世での生が終了した後に起こってもらいたい。