「秋」という語の入った春の季語。以前から不思議に思っていたが、歳時記を紐解いて納得した。これは、竹という植物の特性に由来する表現である。竹は多くの植物とは逆に4月ころ古い葉が黄ばんでくる。これは地中の筍を育てるために葉が衰えるためである。これを俳句では竹の秋と表現するのである。そして秋には若竹が伸びて新葉の緑が美しい。こちらは竹の春といって、紛らわしいが秋の季語になっている。日本人の繊細な感性のあらわれである。
過ぎ去りし八十の節目や竹の秋
想い出の流れ流れて竹の秋
以上RECOCA
竹の葉は地中の若き筍のために自らの身を引く。老人の身の処し方を教えてくれているようだ。文豪ヘルマンヘッセは次のような詩にそれを表している。
春のことば ヘルマンヘッセ
子供はみんな知っている
春が何と言っているかを
生きよ 伸びよ 花咲け 愛せ
よろこべ 新しい芽を吹け
献身せよ そして生きることを恐れるな
老人は皆知っている
春が何と言っているかを
老人よ埋もれよ
お前の席を元気な子供たちに譲れ
献身せよ そして死ぬことを恐れるな
・・・・・・・・・
今朝の新聞で見た書籍の広告。簡単だからやってみようと思った。
「ちょこっとつま先歩き。脳が活性化、痛み不調が消える。高血圧、糖尿病を撃退。シミしわ防ぐ、耳鳴り、めまい、難聴に効く。下肢静脈瘤、むくみ、外反母趾、Ō脚にも効く。脊柱管狭窄、ひざ痛、神経痛の改善」
◎百花繚乱、4月の農園に咲いている花。